初代日産フェアレディZ(S30型)
初代日産フェアレディZ(S30型)です。
北米市場では「ダットサン240Z」として知られています。
1969年10月に発表された初代フェアレディZ(S30型)は、日本の自動車産業における歴史的な転換点となったスポーツカーです。単なる国産スポーツカーにとどまらず、世界市場、特に北米市場で大成功を収め、日産の「DATSUN」ブランドの名を世界に轟かせた立役者となりました。
開発の背景とコンセプト
初代フェアレディZの開発は、当時の北米日産社長であった故・片山豊氏の強力なリーダーシップの下で進められました。片山氏は、北米市場で販売台数を伸ばすためには、強力なイメージリーダーとなる高性能なスポーツカーが必要だと考えました。開発コンセプトは、先代のオープンカー「ダットサン・フェアレディ」から大きく転換し、快適な居住性と長距離巡航性能を兼ね備えた「GTカー」へと進化しました。デザインは社内デザイナーの松尾良彦氏が担当し、ロングノーズ・ショートデッキのクラシカルで美しいスタイリングが特徴です。
北米での成功
フェアレディZは、日本では「フェアレディZ」として販売されましたが、主戦場である北米市場では「DATSUN Z」、通称「ズィー・カー」と呼ばれました。最大の魅力は、その価格設定にありました。ジャガーEタイプやポルシェ911といった欧州の高級スポーツカーに匹敵する性能を持ちながら、価格はそれらの半額以下という戦略的な設定が功を奏し、たちまち人気モデルとなりました。1969年から1978年までの生産期間中、世界販売台数は52万台以上を記録し、世界の自動車史上最も売れたスポーツカーの一つとしてギネス記録を樹立しました。生産台数の約85%が輸出向けであり、そのほとんどが北米市場向けでした。
主要な特徴とバリエーション
パワートレインには、日産の直列6気筒L型エンジンが搭載されました。国内向けの主力は2リッターのL20型でしたが、北米向けの「240Z」には2.4リッターのL24型エンジンが搭載され、よりパワフルな走りを実現しました。
特筆すべきバリエーションとして、国内向けに設定された高性能モデル「フェアレディZ432」があります。これは、スカイラインGT-R(PGC10/KPGC10)と同じS20型1,989cc直列6気筒DOHCエンジンを搭載したホットモデルで、車名の「432」は「4バルブ、3キャブレター、2カムシャフト」を意味していました。
まとめ
初代フェアレディZは、「手頃な価格で高性能なGTカー」というコンセプトが高く評価され、世界的な大ヒットを記録しました。その流麗なデザインとL型エンジンの魅力は、現代においても色褪せることなく、多くのファンを魅了し続けています。

